四 季 雑 感
  (12)                 樫村 慶一
  チリの鉱山崩落事故にまつわる裏話し (その1)

  チリのコピアポ近くのサン・フアン鉱山の崩落事故は、生き埋めになった33人が無事救出されめでたしめでたしとなった。33人の中に、ボリビア人が一人おり4番目に救出された。そのためであろう、ボリビアのモラーレス大統領が現地を訪れ激励し、チリのピニェーラ大統領と抱き合っている映像が放送された。気の早い、そして深い事情を知らない記者達は早速、チリとボリビア両国関係が改善される足がかりになるかもしれない、と言う報道を流していた。しかし、私は両大統領の表情には、本当の喜びとは思えない曇りがあったように思える。特にボリビアのモラーレス大統領にとっては、先祖代々のチリへの恨みがこびりついているだろうし、これが解決される見通しなど全くないと予想されるからである。
  何故かと言うと、不仲の原因はボリビア側の不満にあり、チリにとっては痛くも痒くもない話しだからである。もし、この事故がボリビアの鉱山で起き、生き埋めになった人の中にチリ人が10人とか20人とかがいて、チリの大統領が激励と支援に駆けつけたという状況だったら、あるいは改善の可能性が生じたかもしれない。しかし、チリが舞台でボリビア人が一人では、いくら大統領が来たって、全く両国関係には変化は起きないと思う。南米の国々は南米全体が他の大陸の国と争うようなとき (例えばフォークランド紛争のようなとき) は一致団結できるが、そうではない状態では、兄弟喧嘩同様に国同士で争ったり反目しあったりがいろいろある。しかし、チリとボリビアの反目は、その根深さと言い歴史の長さといい他の例とは比較にならない。チリとボリビアが不仲になった原因については、私が今までに興味を抱いてきたテーマの一つでもあるので、世間が関心を抱いている今の時期に、チリとボリビアの怨念の歴史を簡潔に書いてみようと思う。
  
   今回の事故が起きたコピアポ市の北120〜130キロ辺りから北方ペルー側に広がるアタカマ砂漠と、それに続くタラパカ砂漠の一帯は、今から凡そ130年前、1879〜1883年の、太平洋戦争(元祖と言われ、別名、硫黄戦争とか硝石戦争とも言われる)が終るまでは、ボリビアとペルーの領土であった。しかし、この事を知る日本人は今では少なくなっているのではないかと思う。この戦争は、ペルー・ボリビア連合軍対チリの戦争であったが、連合軍は徹底的に打ちのめされ、ボリビアは絶対にあってはならない、”太平洋への出口を放棄する” という死にも等しい条件を飲まされ、国の生存・発展手段を永遠に失ってしまったのである。

  この地域にあったアリカ、アントファガスタ、イキーケ、カラマなどの諸都市は、ボリビアの経済を支えた重要な都市であった。特にアントファガスタ (Antofagasta) は太平洋への玄関としてボリビアの貿易を一手に支えた港であった。乾燥度世界一と言われるアタカマ砂漠や、さらに北のペルー国境に近いタラパカ砂漠の間は、硝石、銅、岩塩、金、銀、硫黄、石英、モリブデンなどの鉱物資源の宝庫であり、所々には温泉が噴出している。特にチュキカマタ銅山の露天掘りは有名で、今でも世界中から毎日大勢の観光客が見学に訪れる。また、アタカマ砂漠の高原には日本をはじめとする世界の天体観測所が設けられてる。
 
  世界で一番高い場所にあるチチカカ湖の真ん中にボリビアとペルーの国境線が通っている。湖の南東のボリビア側は、あたかもプーマ(注1)に咥えられた兎の形に似ている(注2)。兎の形に象徴されるように、ボリビアは常に収奪される運命の国であった。アンデス高原でチワナコ文明を築いたボリビア人の先祖のケチュア族は、12〜13世紀にインカ帝国に征服され、その後、スペインに支配され、独立以後は、チリやパラグアイとの戦争に敗れ、国土が半分以上も減ってしまったと言う気の毒な国である。地下に豊富な天然資源を持ちながら、開発資金が無いため、資源が国の発展に活用されず、採掘されても外国資本に持っていかれるという哀れな国で、長い間 「黄金の椅子に眠る乞食」 と言われてきた。これも海への出口がないための悲劇である。
南米大陸には海のない国はボリビア以外にもパラグアイがあるが、パラグアイはパラナ川とラ・プラタ川を2000キロ、(アルゼンチンに高額な通行料を払って)下れば(遡れば)直接大西洋へ出入りすることができるので、そういう意味では厳密には海がないとは言えない。
                                                    つづく 《次のページへ》
(注1) 猫科の猛獣でピューマと言われる。南米ではプーマと言われ神の一つにあがめられる。
(注2) チチカカ湖は北西(左上)から南東にかけてプーマが兎を咥えている形になっている。