四 季 雑 感 (9) 樫村 慶一 ”ハイティ大地震を悼み、薄れ行く南米の影を追う” ラテン・アメリカ地域(注1)にまた大きな地震が起きた。ハイティ共和国の首都が地図の上から消えるかもしれない。首都ポルトープランス(Port Au Prince)の西南に東西に伸びる、260年前に発見されたエンリキロ断層がずれたのである。この国はコロンブスによってよって発見されたエスパニョーラ島の東半分を占める。フランス人 が入植してきて実質的にフランス領のようになり、1795年にスペインがフランスに譲渡した。その後、1804年にフランスから独立した。これがラテン・アメリカで最初の独立国である。このため、周囲がスペイン語の国々に囲まれていながらここはフランス語が国語である 90%が黒人で残りも黒人との混血である。18世紀に活発に行われた奴隷貿易の中継地で、アフリカ西海岸の国々で野生動物同様に捕獲され連れてこられた黒人の集荷場であった。ここから、スペイン が支配していた国々の要求に応じて出荷され、現地で”せり”にかけられて酷使されたのである。(注2)そのような状態の国だったので、独立機運が高まっても宗主国のフランスは 脅威にはなるまいと思って何も言わなかったと言われる。その結果、ラテン・アメリカ地域で一番早く独立した国になったにも関わらず、今でもラテン・アメリカの中で最貧国のひとつである。一方、貧乏とは裏腹に現在もアフリカ文化が色濃く残っている。 (注1)ラテン・アメリカという定義に含まれるのは、メキシコを含む中米、カリブ海諸島、南米大陸の国々でスペイン語かポルトガル語を話し、ラテン文化を継承している国々である。フランス語をラテン系の言語に含めると、 ハイティ、グアドルペ、マルティニク、仏領ギアナなどが含まれる。ただ、フランス系住民が30%もいるカナダは一般的にはラテン・アメリカには入らない。 英語圏のジャマイカ、ベリーズ、スリナムおよび小さな島々はラテンと言うのは難しい。しかし、中南米と言う場合は、言語、文化に関係なく、地理的に中米、南米 、カリブ海諸国を言う。メキシコは地理的には北米であるが、中南米という場合でも、ラテン・アメリカという場合でも、どちらの場合にも含まれる。 (注2)アンダーラインの部分、悲惨な状況を表現しようと若干過激な言い回しを使った。 ポルトープランスは人口約90万の小さな都市で、今度の地震は典型的な首都直下型 地震である。もう少し西にずれていたらキューバが大変だったろう。テレビの映像を見ても分かるように建物は貧弱な構造で、崩れた柱には鉄骨はおろか鉄筋もろくに入っていない。あんなんじゃ ペルー地震の例ではないが、大きな地震にはひとたまりもないだろう。昨年は1年間で4回も大きなハリケーンに襲われた。気の毒な国である。位置が亜熱帯にあり1〜2月でも日本の真夏ような服装で過ごせるのがせめてもの幸いである。大統領府も崩れたし多くの省庁の建物もやられたようだ。国の行政機能が麻痺し、いつになったら 復興するかなど皆目見当もつかないだろう。瓦礫を片付けて再建するより、ブラジリアのように、近くに新たに街を作った方が早いし安上がりかもしれない。・・・ と、言うことで、国の機能が全面的に不能になることを心配し、さらには、首都が消えるかもしれないと言ったのである。 規模もインフラの水準も全く違うけど、東京の首都直下型地震対策のよい教訓にならないだろうか。 最近はテレビ番組の中でラテン・アメリカに関するドキュメンタリーや旅行記などが随分と増えた。でもまだまだアジアや欧米ものに比べれば少ないものだ。ましてやハイティなどは、普段は我々の常識では全く注目されない国である。せいぜい、たまにコーヒー屋さんの店頭のケース の銘柄で見ることがあるくらいだ。でも今年は ワールドカップがあるので、いやでもラテン・アメリカの強豪国の名前がテレビや新聞で踊るだろう。 近年ラテン・アメリカにはナショナリズムに支えられた反米主義の指導者がぞろぞろ出てきた、有名なのがベネズエラのチャベス大統領だ。そして彼らは自分の独自性を誇示するためか 国名などを変える。ベネズエラは 「ベネスエラ・ボリーバル共和国 (Bolivarian Republic of Venezuela)」 と変え、ついでに国旗のデザインまで変えてしまった。一方の反米主義者ボリビアのモラーレス大統領は、自身の出自を強調するためか 「ボリービア多民族国(Plurinational State of Bolivia)」 と変えた。チャベス大統領は、ベネズエラの世界遺産であるエンジェル(アンフェル)の滝も、1930年代に米国人ジェームス・エンジェルがこの滝を発見するずっと前から我々のものだったと言って、改名記者会見の前に、自分さえも数分間も発音を練習したと言う、現地人の言葉の難しい読み方に変えてしまった、それは 「ケレパクパイ・メル (Kerepakupai Meru)」と言う。世界最大と言われる1000米の落差を誇る滝である。地球上には ”世界3大・・・・・” という例は多い、滝にも世界3大瀑布というのがあるが、それは、@イグアスー Aナイヤガラ Bビクトリア であって、何故かこのエンジェルは入れて貰えない。世界中の地図に載っている「エンジェルの滝」の名称を一瞬に変えることができる力は凄い。でも、やっぱり長年親しんできたエンジェルに代わって、このややこしい名前が親しまれるようになるには、これと同等の年月が必要だろう。 日本だって、どこかで交通事故があった、火事で焼死者がでた、泥棒や強盗が入った、などはローカル・ニュースとしてまとめて小さく報道されるけど、これらが外国まで流れることはまずない。だから外国人は日本には犯罪がないと思っているかもしれない。その逆に我々も外国の日常の小さな犯罪は知る術がない。インターネットで見てもそんな些細な出来事は出てこない。ところがつい最近届いた手紙によれば、ブエノス・アイレスでも結構日常犯罪が多発しているという。曰く、自動車のあるところ事故はつきものだと言って、事故発生件数自称世界一だと自嘲気味に報じている。7,8歳から15,16歳までの少年によるピストル犯罪が多く、影で大人が操っていて自動車1台盗んでくると麻薬を40箱もらえるとか、盗んだ自動車は全部解体されて中古部品として売られるとか、未成年は殺人事件を起しても24時間の拘束で親に返されるので警官もばかばかしくて戦意がなくなっているとか、などなど。 ハイティからだんだん南に思いが飛んでブエノス・アイレスまで達した。”月日の経過” に化粧された懐かしい思い出を探して、小さな出来事に昔の街角を思い浮かべているとき、小じわのよった素顔の現実が飛び込んでくる。これが一段と望郷の念を駆り立てる。しかし、足腰が弱り、胸の手術をした身には、今ひとたびの長旅は絶望的である。気候の便りに季節の移ろいを思い出しながら、だんだん遠くなっていくアルゼンチン、そして目蓋に焼きついた南米の山野を、ただただ追っている。 (2010. 1.24記) 【写真:ベネズエラのエンジェル(ケレパクパイ・メル)の滝】 |