Sugar & Salt Corner
No. 46
2012年6月29日
佐藤 敏雄

セレンディピティ

●KDDI誌6月号 皆さんは「レコメンド」という言葉をご存知でしょうね。国際会議の仕事を永くやってきた私などは、「Recommend」ならITUで使う「勧告」のことだろうと考えてしまうのですが、最近では、「レコメンド・エンジン」と称し、ケータイでのショッピングなどで商品を勧めるソフトのことを言うようです。もう少し一般的に使われるのが「検索エンジン」で、レコメンドは、画面の小さいケータイに使われるものようです。
 近着のKDDI誌6月号で、KDDI総研の高橋陽一特別研究員が、「セレンディピティ・検索エンジンの新たな先陣争い」と題して書いておられます。k-unetホームページの「KDDI誌拾い読み」では取り上げられませんでしたので、ここで簡単に紹介しましょう。

● 3人の王子の物語 「セレンディピティ」とは、「知恵と偶然により、予期しない発見をする」ことです。18世紀の英国の作家Horace Walpoleが、ペルシャの童話「セレンディップの3人の王子」(*)を読んで、いたく感銘し、偶然による大発見をこう呼ぼうと友人に提案したのが始まりだと言われています。

(*) セレンディップ(今のスリランカ)の3人の王子が、ペルシャの旅でラクダを盗まれたという男に出会い、ラクダの特徴を見事に言い当てたことからラクダ泥棒に疑われ、捕まって死刑を宣告されます。幸いラクダが見つかり嫌疑は晴れますが、周囲の細かい状況を観察・分析し的確に予測してラクダの特徴を言い当てたことが分かり、王子たちはペルシャの皇帝に重用されて大活躍します。その後セレンディップに帰り、それぞれ別の国の王様となって幸せに暮らしました。

 コロンブスのアメリカ大陸発見、レントゲンのX線発見、近くはノーベル賞の田中耕一さんの高分子質量分析法の発見などなど、数多くの歴史的な発明や発見にこのセレンディピティが貢献していると言われます。しかし、これらは、決して単なる幸運や偶然のなせる業ではありません。ふとした偶然をきっかけにして閃きを得、幸運を掴み取る能力を指すものです。
 近年、ITにより多くの人がつながり、各人の好みや行動パターンを含め、さまざまな情報を収集することが可能になってきました。これをユーザーのプロフィールと突き合わせて総合的に分析すれば、企業は顧客の好みや性癖に最も合った商品を提供することができるでしょう。「検索」・「レコメンド」関連のアプリやサービスが林立する中、“差別化と生き残りのカギは「セレンディピティ」にあり”との認識が広まって開発や改良が進められ、関連企業のM&Aが進行しています。

● 先達 このセレンディピティについては、2000年のノーベル化学賞を受賞された白川英樹筑波大名誉教授が述べておられ、一昨年のノーベル賞受賞者、鈴木章先生や、100歳の日野原先生も引用されておられます。 翻って私は、6~7年前のある機会に、現在k-unetの副代表をされている大谷恭子さんからこの話をお聞きしておりました。メルアドにserendip をお使いになっておられるくらいですから、強い印象をお持ちのテーマなのでしょうね。

● アンテナのお話 1963年11月23日、KDDが初の太平洋横断宇宙中継実験に成功しましたが、その折、図らずもケネディ大統領の暗殺が報じられ、忘れられない一日となりました。やがて1964年から衛星による商用国際通信が開始されましたが、電波は理論上もっと強く受かるべきだったのです。20mアンテナを担当していた私たちは必死に細部に亘る点検を行い、一次放射器の円錐ホーンアンテナが、いわばピンボケ状態で使われていたことを発見しました。その後、他の改善も行われて画期的な性能の大口径アンテナが誕生し、茨城や山口に設置されました。
 問題の円錐ホーンアンテナの性質をもっとよく知りたいと、私は目黒研究所の電波無響室でその性能測定に没頭しました。最大の目的は、ホーンアンテナの開口面の位相を変え、電子的に電波ビームを動かして衛星を追跡することでした。ホーンの中にテフロン(誘電体)を挿入して測定を繰り返しましたが、いくらやっても電波の指向方向は大して変わりません。これじゃダメかと諦めかけたのですが、ある時、テフロンの挿入によりアンテナのサイドローブ(目的外の方向に出る電波)が劇的に変化することに気が付きました。おかしなことがあるものだと徹底的に調べた結果、ホーン内部に挿入する誘電体の大きさと挿入位置を調整すると、サイドローブが完全に消えてしまったのです。サイドローブはアンテナの効率を低下させると共に、他の衛星などに干渉を与えますから、これを消すことは極めて大切なテーマです。 ところがこれにはもう一つ、サイドローブ消滅と同時に、アンテナビームの断面が完全な円形になるという大きなおまけがついていました。円錐ホーンアンテナは、静止衛星のグローバルビーム・アンテナとして使われています。円錐ホーンは、丸い開口をもつのにビーム断面は楕円形だったのです。完全な円形になれば、丸い地球を極めて効率よく照射することができることになります。 その後の検証で、これらの現象は、ある高次モードの発生に起因することが判明し、理論的にもすっきりと解明することができ、「誘電体装荷ホーンアンテナ」と名付けられました。

 上の写真は、ヒューズエアクラフト社の工場で試験中のVI号衛星(部分)。画面左下、赤い矢印で示されたのが4GHzと6GHzのグローバルビーム・アンテナです。 数年後、米国のコムサット研究所に派遣されて間もなく、研究室仲間が“Toshio! Isn’t that your antenna?”と言います。衛星メーカーのヒューズ社がこのアンテナに目をつけ、インテルサット衛星に使うことを勝手に提案していたのでした。これがやがてインテルサットIV-A衛星となり、その後、VI号衛星にも搭載されて国際通信に大活躍することとなりました。 一方、国内では、あるメーカーがこのホーンをNTT用のマイクロ波中継用パラボラの一次放射器として多数製造し、外国に輸出までされたということです。

 幸運に導かれたこのアンテナ。ささやかな「セレンディピティ」だったのかも知れません。

以上 


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