アルバート・ベルなる人物をご存知だろうか。野球ファンならすぐ思い出すはず。この男が昨年2月、昔の女友達にストーカー行為 (ストーキング) をした廉で逮捕された。5年連続してオールスターに選ばれたこの元メジャーリーグ選手は、 GPS を使って昔の恋人を追いかけた悪名高い 「ワル」 として記憶されることとなる。
アリゾナ警察によると、昨年1月この男の昔の恋人は、自分の車に黒い小さな箱が付いていることに気がついた。中には2個の磁石と携帯電話らしい装置が付いていたという。この男はいつも変な時間帯におかしな場所で彼女の前に現われる。後をつけられていると感じた彼女は、録音した脅しの電話を警察に届け、男は GPS 装置を使ってストーキングをした廉で逮捕された。
このような事件は最近多発しているが、素晴らしい応用面をもち本来なら人に優しくあるべき技術が、一度悪の手に渡ると始末の悪い脅威に転ずると言う事実の一端に過ぎない。
GPS は元々国防総省によって開発されたが、過去10年間に広く民用に使われだした。いわゆるカーナビがその際たるものである。マッチ箱サイズのセンサーが衛星電波を受信し、三角測量の原理で自分の位置を特定することができる。精度はおよそ2m。最新の製品は携帯電話機能をもち、位置データをサーバーにアップロードすることができる。インターネット経由で常時車を追跡することができるから、法の盲点を突いて別れた恋人を追い掛けたいような者にとっては、たまらない誘惑である。
米国の多くの州には、ストーキングや嫌がらせに対処する一般的な法律はあるが、 GPS での追跡や携帯電話、インターネット、スパイウェアなど誰にでも手に入る家庭用の新しい技術に特定したものは極く稀である。
GPS ストーキングの例としては、2000年10月コロラド州で、10代の息子に別れた妻の車に追跡装置を付けさせた男の話がある。この場合は、 「他人を監視下に置く」 という、古い法律の条項を電子的モニターも含むと解釈して適用し、懲役3年が科せられた。この刑期は後で短縮されたのだが、この男は保釈条件違反で再逮捕されてしまった。
一方2003年にはウイスコンシン州の男が、元恋人に対する悪質なストーキングの廉で懲役9ヶ月に処せられている。この男は、 GPS 装置を彼女の車の中に隠してテキストメッセージをケイタイに送信し、車の所在を確認していた。これはリアルタイム追跡サービスという新商品を利用したもので、男はこの方法で日に何回も彼女の前に現れていた。
嫌がらせ (ハラスメント) やストーキングは決して笑い話ではない。米国ではそれにより18歳以上の女性1300人が死亡し、200万人が怪我をしている。治安取り締まり当局に定まった報告システムがないため、正確な数字は把握されていない。
「家庭内暴力阻止センター」 のシンディ技術部長によれば、 GPS ストーキングを避けるためのアドバイスは、先ず 「自分の本能を信じなさい。もし誰かがいつも自分の行動パターンを知っているようなら、気をつけなさい」 という恐ろしくローテクなものである。第2に 「もし誰かに追跡されているという恐れがあるなら、地元の警察かガソリンスタンドに申し出て車の検査をしてもらいなさい。怪しいものがあったとしても触ってはいけません。後日、警察が証拠として使います。」 ということである。
同部長は、小さなセンサーがどんどん開発され消費電力も少なくなっているので、 GPS ストーキングは益々拡大していくだろうと懸念している。また米国ではすべての新しい携帯電話は緊急通報センター (E911) に送信できるようになりつつあるので、通信事業者がE911サービスを始めたら、どんな携帯電話も居所がわかってしまう。位置データが記録されていることを利用者に知らせるとか、記録する場合には合意が必要とかいう規定はない。電話会社は利用者の許しを得ずに第三者に位置追跡データを渡すようなことはしないであろうが、分かれた夫がそのようなデータをせしめたと言う事例をシンディ部長は知っている。被害を受けないためには、携帯電話会社に追跡システムが動いているかどうか、どこにそのデータが送られているかを確認する必要があるし、すべてのパスワードを変更することが望ましい。
野球選手ベルは、件の女性との接触を禁止されていたにもかかわらず、無言電話などの嫌がらせを続けた結果5月17日に再逮捕された。ベルは今、足首に電子モニター装置を取り付けられ、 GPS を使ってデータが通報されるという皮肉な目に合いつつ、高価な勉強を強いられている。 (IEEE Spectrum 2006年7月号より)